達古袋小学校を残そう

達古袋小学校のナガーイ廊下

文もナガーイです(長文注意)

おばんでございます。

今日は地域全体の方が対象に、
「廃校になる達古袋小学校をどうするか?」の
話し合いがありました。

現在使用されている小学校の廊下としては
日本で1番目に長いのではないでしょうか???

来年、廃校になったら2番目になるかも。。。

耐震対策もされていませんので、
このまま使用することはできません。

はじめは、使えるところだけチョンギッテ
地域の集会場と、ばあちゃんたちが
味噌でも作れるような加工場を作ってしまおう。
という案でした。

しかし達古袋小学校の前身は
「農村にこそ教育を!」と
昔の方々が苦労して建てて下さった
貴重な学校なのです。

下文は『JAいわて南情報誌「さうす」より』

 一関市の達古袋地区に
「社団法人 達古袋農業教育協会」
という組織があります。

これは、大正時代に、青少年の教育支援と
地域の発展を願った有志が立ち上がり
設立された全国的にも珍しい法人教育機関です。

教育の場として長く地域に根ざしてきた
同協会は今年、設立100周年を迎えました。

先人たちの熱意
 1908(明治41年)、
国が「戊辰詔書」を制定したことを受けて、
旧達古袋村(現一関市萩荘達古袋地区)では
有志が協会の前身である
「達古袋農業革新会」を設立。

その後資金の準備などを行い、
大正3年に「社団法人達古袋農業教育協会」が
国による法人認可を受けました。

しかし当時このような教育における法人は稀
だったため、設立申請をしても数年間、
県、国は申請を放置していました。

そんななか、一人の人物が立ちあがります。
同村出身の、長野県で養蚕勉学中であった
佐藤武治は、単身、文部大臣室前で座り込み
をして大臣に面会、大臣の理解を得たそ
うです。

設立後は、更なる教育の推進を図るため、
実業補習学校、図書館が設立され、
達古袋村に住む青少年教育の大きな
原動力となりました。
岩手県では唯一の法人教育機関だったそうです。

著名人が寄贈した貴重な蔵書も
特にも、記念図書館は岩手県立図書館
に先駆けて、大正12年に開館。
約5,000冊もの本を備え、
県内でも有数の充実ぶりでした。

その中には、渋沢栄一、大槻文彦、
新渡戸稲造など、協会の主旨に賛同した
著名人からの寄贈も多くあったそうです。

設立直後の卒業生からは
「戦後、物がない時代に本だけは
たくさんあり、うれしかった」と
いう声もあり、当時の子どもたちの
教育に村の豊かな文化財産が
大きく貢献したことが
伺えます。

この教育機関で学んだ私のばあちゃんは、
私の教科書を密かに寝床に持って行き
鶴亀算で連立方程式を解いて楽しんでいました。

こんな素敵な「達古袋小学校」なんとか
まるっと残したいです。

地域から巣立っていった方々も
ぜひお力お知恵をお貸し下さいませ。

コメント

  • 四季の学校・谷口を参考にしてみて下さい

    ご無沙汰してます。普〇センターS藤です。

    15年位前に、某所でグリーンツーリズムの調査研究を行っていた際、山形県最上郡金山町の方々と知り合いになる機会がありました。

    そこでも、約100年続いた分校をどうするかで、地域の人々が知恵を出し合い、現在では「四季の学校・谷口」という形で再生しています。当方も確か2年生か3年生(廃校後、平成9年から再生した後に学校行事に参加した人)の扱いで、四季折々訪問しては遊ばせていただきました。

    詳しくは、公式HPをご覧ください。
    http://stylelinkage.jp/shikinogakko/

    なお、「よみがえる廃校 全国サミット協議会」もあるようなので、詳しくは四季のがっこのHPから・・・。

    何かお手伝いできることがありましたら、FBなりメールなりでご連絡ください。

    地域資源マップ作りも忘れずに(笑)

    余談ながら、四季のがっこを開設するにあたり活躍したのは、確か地元JAの職員の方でした!



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